法人営業の経験がある社内SEのひとりごと。ちなみに10回以上転職してます。

40歳で12回目の転職活動という人生の節目で、 幸運とも風変わりとも言えるキャリアを振り返るきっかけとして、 本コンテンツを作ろうと思いました。      読者登録やブックマーク・コメントなど、お気軽にどうぞ。

社内SEと今でも大好きな会社について

緊急雇用対策事業の団体から紹介を受けて、
某県にある中規模工場で働き始めました。

 

仕事の内容は工場内SEと呼ぶべき社内SEであり、
所属部門が総務だったので、それはそれは幅広い仕事をしました。

 

勤め先は「知る人ぞ知る世界的に有名な会社」でした。
売り上げも利益も従業員数も、あえて小さくしている会社でした。
小さくすることで社長や工場長の目が行き届くこととおっしゃっていました。
そういう目配りや気配りが効くからこそ次々と突き抜けた技術開発ができるし、
その技術を実際の製品に直接取り入れることができるし、
取引先からの意欲的で挑戦的な要求にもすぐに対応できるのだと思います。

 

実際、この会社に発注する企業名や製造した製品で何を作るかを知ると
3年先くらいの世界の最先端製品が垣間見えました。

 

「次に出る製品のバージョンは○○やろ。
今受けてるのは次の次の製品向けなんや。」
みたいな会話が現場の職人さんたちから聞けました。

 

会社が取得した特許の数や知的資産の幅広さと奥深さを知ると、
技術で生き抜くことの大変さと、全く独創的なポジションに立つと、
他に性能比較できる企業が無いだけに強気にビジネスができることを思い知りました。
高値で売りつけてるわけではないのは製造原価を見ればわかりました。
ただ、何しろ一品物、フルオーダーメイドの製品ですから、
安売りすることもできないという仕事に対する誇りの高さも知りました。

 

そんな中で社内SEとして自分のポジションを勝ち取るのは
本当に大変だったけれど、その分だけの大きなやりがいもありました。

 

本社にITの責任者がいるものの工場側のSEは私一人だけ。
自分で工場や事務所の現状を見て、改善案を企画立案して、
社内外の関係者を巻き込んで、仕事を動かしていきました。

 

もちろん大きな金額の仕事は部門の責任者に稟議を出しましたが、
実務は私が全て担いましたから
「この工場でコンピュータの仕事ができるのはお前だけなんだから
お前のしたいようにしろ。そのかわり企画書と見積書を作れ。
決裁はおれがするから。」と全面的にバックアップしてくれました。

 

もともと製造業で働きたかったので、
「ヘルメットをかぶって、安全靴を履いてコンピュータの仕事をする」という
独特のスタイルに憧れました。それが実現できたのだから、幸せでした。
その分、仕事の質・量・幅広さも尋常ではなかったわけですが。
IT環境のライフサイクルを考えれば5年分くらいの仕事ができたと思います。
今の担当者はそろそろ新しい環境にバージョンアップするのかなと。

 

ただ、この会社にもリーマンショックの余波が訪れました。
もともと私が着任する前年まで大不況で売り上げが激減していたのですが、
着任した年から発注が回復し売り上げが回復。
翌年には捌ききれないほどの注文を受けたのですが、
翌々年にはその反動でまたまた大減速。
結局、私を含めた10人近くが解雇されることになりました。

 

全く凄まじい状況でした。
去年は営業が「いったん注文を止めましょうか」とまで言っていたのに、
1年経つと「今のままでは目標の3分の1にも届きません」と言っているのですから。

 

そんなジェットコースターのような生産状況と経営状況を現場で見ていたので、
辞めることになったのは残念だけど理解できました。
結構なお金を使ったけれど、その分大きな仕事ができましたから。
もっと言えば、法人営業の経験を活かして価格交渉や納期交渉もしっかりしました。
そういう動き方まで含めて、いい経験ができたと思います。

 

今でもこの会社が好きです。
この会社のホームページを見て新製品や活動を注目しています。
この会社が世界を驚かせる新商品の裏側をしっかりと支えていると信じています。
仕事面でも大きな成果を出せたことに満足しています。