法人営業の経験がある社内SEのひとりごと。ちなみに10回以上転職してます。

40歳で12回目の転職活動という人生の節目で、 幸運とも風変わりとも言えるキャリアを振り返るきっかけとして、 本コンテンツを作ろうと思いました。      読者登録やブックマーク・コメントなど、お気軽にどうぞ。

倒産した派遣会社と、最後まで一緒に戦った技術者の言葉について

試用期間中に職を失い、慌てて登録したのが
正社員として雇用されて派遣社員として客先常駐する、
いわゆる特定労働者派遣の会社でした。

 

採用面接の担当者が技術ではなく人事の担当者で、
「ご案内したい仕事があるので、ぜひ来てほしい。」と。
「溺れる者は藁をもつかむ」と言いますが、
まさに溺れかかっていた時に拾ってもらったのです。

 

ただ、実情は正反対であり悲惨でした。
入社日から解雇された最終日まで、1日も配属が無かったのです。
いわゆる業務待機・スタンバイです。
原因はいくつかありますが、
リーマンショックの影響が大きいのは確かです。

 

業務待機ならば仕事をせずに給料がもらえるのか!と思いそうですが、
受け取れる給料の額が大きく減るため、
家賃と生活費を支払ったら、あとはほとんど何もできませんでした。

 

実際、派遣の現場から引き上げてきた技術者の数名は、
しばらくの業務待機をしたら、別の勤め先を見つけて転職していきました。
今思えば、よく他の勤め先が見つかったなと思います。

 

実際、約半年間の在籍中で技術面接ができたのは1社だけ。
それも既に他の派遣社員が在籍している会社に割り込むようにして
時間を作ってもらったような機会でした。

 

私は営業担当と相談してお客様に技術提案する時の
面接の練習をしませんかとスタンバイしている技術者に伝えました。
技術者はあまり手の内を見せたくないので、
おそらくそれほど乗り気ではなかったと思います。

 

また、会社のリストを作って営業に渡すことも考えたのですが、
スタンバイしている技術者に事情を訊くと
「スタンバイしている全ての技術者を派遣しても、収支が赤字になる。
今の会社は親会社経由で吸収合併される。
そこで生き残れるかどうかに賭けた方がいい」と言ったのです。

 

実際、11月頃に本社に出かけて、本社主導のプレゼンテーションを見たのですが、
そこには子会社が親会社に吸収されることで右肩上がりに取引先が増え、
売り上げと利益も増えるスライドだけが映っていました。
どうやって取引先を増やすのかという営業的な方法論の提示は全くなく、
プレゼンを見た技術者は「突っ込みどころ満載ですね」と言っていました。

 

それから一か月後、年末には本社から人がやってきて
「来年からの吸収合併に伴い、スタンバイしている技術者は辞めてもらう。
会社都合か自己都合かの違いだけだ。吸収合併後の会社に残る選択肢は無い。」と。

 

さすがに「では、あのプレゼンは何だったのですか?」と訊いたところ
「あれは仕事がある人向け。貴方たちは待機でしょ。」と。
好き好んで待機してるわけじゃないし、入社時には仕事があると言われたし。
実際あの立場になれば、いかに追い込まれた気持ちになるか。


営業所を閉める前週に、近くの公民館に派遣されている技術者も集めた
最後の営業所説明会が開催されました。

 

本社から来た営業の責任者が来年以降の計画を読み上げて、
質疑をせずそのまま閉会しようという時、
最後まで解雇に抵抗し続けた、一緒にスタンバイしている技術者が
「今しかない。お願いだから実情を伝えてくれ!」と言いました。

 

私は挙手して意を決して会場の前に立ち、マイクを握りました。
「ちょっと待って。このまま終わるの?言わなきゃいけない事あるでしょう!
私はこの会社で6カ月近くスタンバイをしました。
来年から吸収合併されると聞いていますが、私たちは解雇です。
派遣先に行っていないのは事実ですが、案件そのものの紹介を受けていません。

 

これは営業力の問題であって技術者の立場は守られるべきです。
このまま私たちは次の仕事の紹介も無く
誰にも知らされず辞めていくことで良いのでしょうか。」

 

数分だと思いますが、最後まで自分の役目役割を果たすことができなかった
技術者の想いを伝えました。

マイクを返した時、本社から来た責任者が私に向かって
ここでは書けないこと言いました。一生忘れません。

 

自席に戻った時、最後まで一緒に戦った技術者が
「ありがとう。そしてごめん。我々は辞めることになる。」
と言いました。この言葉が全てです。

 

表向き会社は華々しく吸収合併しました。ニュース記事にもなりました。
実情は、債務超過による倒産です。
倒産の原因は、もはや懐かしい言葉ですが、リーマンショックです。

 

会社が潰れてしまったなら、1人暮らしもできません。
最後の1ヶ月は毎日の食費を数百円にして、手持ち資金を貯めました。
リーマンショックの影響で「年越し派遣村」が有名になりましたが、
まさに歯を食いしばって数万円のお金を貯めていなかったら
私も年越し派遣村に行っていたと思います。

 

これから数年間、リーマンショックの余波に振り回されます。